2006年12月24日

●サンタさん...

さて、今日はクリスマスイブ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いい子にしていたのに
 
 
サンタさんは来ませんでした

 
 
 
 
 
 
 
 
 
おかしいな?
朝、枕元にキレイなおねぇさんがいる(光臨する?)
予定だったのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
サンタ、コラ? 話が違うじゃねぇか?
 
 
 
 
 
 
 
 
と、喉がかれるまで叫びたいのですが、
ここは剣道家として我慢です。
平常心。
 
 
 
 
 
 
 
そんなイブの今日は、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
母と牛丼
 
 
 
 
 
 
 

 
 
な、俺剣です。
お母さんを大事にします。orz
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、昨日の稽古。
昨日は地元中学校で稽古。
お願いですから、技術の見本はやらせないでください。
 
 
 
抜き胴なんて、面を打たれてから胴打っているのだから・・・
悪い見本にしかなっていない気がする。
 
 
 
終始、左手で中心を取る意識で稽古。
基本、打ち込み、引き技、応じ技・・・
数々の稽古で左を中心に、右に流れないことだけを意識。
 
 
 
でもやっぱり、中学生との稽古は・・・ちょっと辛い。
応じ技にしても、基本にしても、理合いがないからだ。
打つまでの事前の攻め合いが、かなり大切なことなのだけど、
ただ立っているだけ、ただタイミングで打つだけだから、
どうにもこうにも・・・
 
 
 
なぜか練習試合もやることになったのだけど、
気になるのは三所避け
最後アドバイスの時に、「三所避けを捨てることで、もう一歩強くなれる」
と、しっかりと言っておいた。
防御の為の防御で、次に繋がらない、この三所避け。
本人はしっかりと守っているつもりであっても、
攻め負けてどうしようもないから、この動作をするしかないのだ。
 
 
常に、受けたら返す。受けたら返す。
防御ではなく、「受け方」を地稽古で練習することで、
剣道が伸びていくのに。
 
 
よく巷では、「学生は勝負があるから、しかたないよ」
との声も聞くけど、だからこそ、三所避けは捨てるべきじゃないのか?
いくら守っても、一本とらないと勝てないんだから。
 
 
 
 
 
 
そんなことで、三所避け撲滅キャンペーン
やります!
三所避けは・・・
 
 
 
・やらない
・教えない
・注意する
 
 
 
賛同される方が多ければ、バナー作ります。
 
 
 
 
 
さて、今年の稽古も残すところ、あと一回。
総決算。
がんばろう。

2006年12月21日

●武士道

本当は.... 本当はね。
最初の最初、ブログの名前を考えていた時、
俺的剣道会じゃなくて、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
剣道バカ一代
 
 
 
 
 
 
 
 
 
にしたかった、俺剣です。 
でも、ほら、似たような名前のページあるし?
 
 
 
さて、そろそろクリスマスです。
そんなこんなで、あえて・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その問題には
 
 
触れ無い方向性で
 
 
お送りしようと

 
 
 
 
 
思います。
大体、わがままな女性に付き合うよりは、
剣道やっているほうがつかれません。
つかれませんよ・・・きっと・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、今日の稽古・・・の前に1点。
先日の記事で、
 
 
 
 
>ただ、打たれる恐怖心を持つことは悪いことじゃなくて、
>本当の意味で捨て身になるための第一歩なのだ。
>打たれること、斬られること、その先には自分の命が無いこと・・・
>そのあたりを重々承知して、機会では捨て身にならなければならない。
>この怖さを知らなければ、打つべき機会は絶対にみえない。
>見えないと・・・思う。
>でも、怖さに負けて、打ってしまうことはいけない。
>いくら一本取れたとしても、怖さに負けて我慢できなくなって、
>機会でもないのに打っちゃダメだ。
 
>そう考えてみると、捨て身の打突のその先には、
>自分の死生観までもが関係あるのかも?しれない?
 
 
 
なんてことを書いたのだけど、もしかしてこれって
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
に、繋がってくるんじゃないだろうか。
命を守ろうとすると、逆に命をとられる。
打たれたくない気持ちが強くなりすぎると、
理合いのない防御に走り、逆に崩されて打たれてしまう。
 
 
ここぞと言う時には、命を投げ出す覚悟を持つ事。
人に命があるから、打つ機会が存在する。
その機会で、「ここだ!」と思ったら、
捨て身で思い切って打てるようにしなければならない。
 
 
 
そこまでわかってくると、「初太刀が何故大切か?」
が、わかってくる。
命のやり取りに、二の太刀があることは、殆ど無いはずだ。
段審査において、初太刀が重要視されるのは、
そんな意味からなんだろう。
 
 
 
「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは、
何よりも自分が生き残るため、
生きて使命を達するための、極意だったのではないだろうか。
決して無駄に死ぬことに価値を見出したのでなく
その使命のために、命をも懸ける・・・その覚悟。
のようにも、思う。
その使命とは、義・・・(以下自粛、長くなるので)
 
 
 
 
ちょっと剣道のことから離れて、戦前....
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
が、本来の意味と違う意味で認識されてしまっていたことは、
否めない。
だが、本当の意味には、剣道の極意と
日本人が世界に誇れるすばらしい精神が、あったのではないだろうか。
 
 
 
そう考えてみると、ラストサムライの描く武士道が、
本当に武士道なのか?
わかってくる気がする。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、今日の稽古。
 
 
 
 
今日は、左足の角度を意識してみた。
最近、若干左足を撞木気味にしているので(ほんのちょっと)
足捌きがスムーズに出来るようになったなぁと
思っていたのだけど・・・
 
 
 
 
右に体が流れてしまうのは、これが原因だったのかも?
と思うようになってきた。
それよりも、腰なのかな?
もう少し、色々と試してみたいと思う。
 
 
 
早めに仕事が終わったので、基本の稽古から参加。
抜き胴の練習があったのだけど、見事面を打たれてから、
胴を打つ俺剣・・・・orz
たぶん、あの胴だけを誰かが見ると、
初段に思われることでしょう(遠い目)
 
 
胴打ち、突き・・・は、来年の課題だな。
これが打てるようになれば、もっと剣道の幅が広がる。
剣道実働約10年、ずっとずっと先送りにしちゃってきたからなぁ・・・
 
 
 
あとは、打つ瞬間に体が浮くクセがあるので、その矯正を。
なるべく踏み込みの時に、右足を床に対して水平に飛んで、
面を打てるように意識した。
 
 
 
次の稽古は22日。
稽古納め。
 
 
 
そんなこんなで、お金は無いけど.....
総クスベ小手が欲しくてたまらない、俺剣でした。

2006年12月17日

●怖さを感じること

さて、今日は前フリ無しで稽古のことを。
ついに俺的剣道会は、正統派になるのか!?
 
 
 
 
 
大きく面を打つタイミングがちょっとだけ、わかりかけてきた。
今まで触刀の間から交刃の間にじわじわ入りながら、
一足一刀の間合いに入った瞬間に打っていた。
でも、そのタイミングだと、数分稽古をすれば....
相手に読まれてしまう。
なので、一足一刀の間合いに入った後で、打ちたい気持ちを我慢し、
もうちょっとこらえて、相手を動かす努力をしてから打つ。

気持ちこらえている時に、右足を1センチずつぐらいツツっと前に出しながら、
打ち気を誘う...
そうすると、前みたいに簡単にバシバシ打たれなくなったけど、
間合いが近くなってしまい、合面でどっちが勝つわけでもなく、
ガチャガチャと竹刀がぶつかるようになってしまった。
たぶんだけど、お相手戴いている先生の間合いに侵されているから、
私にとっては近間になってしまっているのだろう。
間合いを盗まれているということ。
つまり、攻め負けているのだ・・・orz
 
 
 
 
はたして・・・
この気持ちが溜めなのか?
それとも待ちになってしまっているのか?
最近、「常に攻めの気持ちを忘れずに・・・」
と、ご指導いただいているので、たぶん待ちになってしまっているのかも。
 
 
 
ただ、やみくもに打つだけじゃダメ。
考えすぎて大事にしすぎてもダメ。
難しくなってきた。
 
 
 
 
 
すごく久しぶり...約一年ぶりに稽古を頂戴できる先生がいらっしゃったので、
一本勝負をお願いする。
(最後の最後で時間がなかったのもあるけど)
 
 
稽古の最後で、攻めに負けて手元をあげて、面を頂戴してしまった。
(あがけば回避できたのだけど、最近は手元を上げた時点で、
 何も出来なければ、潔く打たれることにしている。
 手元を上げさせられた時点で、もう勝負はついている。)
これに限らず、試合稽古中はいつも、
打たれることが怖い感が出てしまっている気がしてなら無い。
だから、攻めの足捌きではなく、守るための足裁きになってしまっている。
・・・・気がする。
 
 
 
ただ、打たれる恐怖心を持つことは悪いことじゃなくて、
本当の意味で捨て身になるための第一歩なのだ。
打たれること、斬られること、その先には自分の命が無いこと・・・
そのあたりを重々承知して、機会では捨て身にならなければならない。
この怖さを知らなければ、打つべき機会は絶対にみえない。
見えないと・・・思う。
でも、怖さに負けて、打ってしまうことはいけない。
いくら一本取れたとしても、怖さに負けて我慢できなくなって、
機会でもないのに打っちゃダメだ。
 
 
 
そう考えてみると、捨て身の打突のその先には、
自分の死生観までもが関係あるのかも?しれない?
 
 
 
 
 
本年度最後の地区の月例稽古会。
なんだか、いつも以上に考えることがあった。
 
 
 

 
 
 

2006年12月15日

●左肘

今日、早めに道場に行ってひとり素振りと足捌きの練習。
今日のような、ちょっと暖かい日は、怪我をしやすいので、
入念に準備運動をしなければ。
 
 
 
 
そんな中、見学希望の子供が家族で見学に来る。
お母さんとお話していると...
 
 
 
 
 
「うちの子、落ち着きが無くて、しゃべるのは人より一年ぐらい遅いし、
 棒が好きでいつも振り回していて、団体行動が苦手で、
 女の子にいじめられて泣いちゃうような子なんです・・・」
 
 
 
 
とのこと。
いやいや、私の少年時代にそっくりです。
 
 
 
 
 
「お母さん、私もお子様とまったく同じような子供だったんですよ!
 でも....
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
剣道で変わることが
 
できました

 
 
 
 
 
 
 
男の子は、何かスポーツをひとつやると、
いいですよッ!!d(^0^) ←さわやかな笑顔
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・なんかちょっと...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
怪しい自己啓発セミナー
 
 
 
 
 
の勧誘に思えなくも無いですが、反応は上々です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後にお母さんの一言・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うちの子も、先生のように立派になれるとよいのでが・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いや、おかあさん....
将来お子さんが...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんなブログ
 
 
書くようになっちゃって
 
 
いいのですか?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世の中、知らなくていい真実があるんだってことに、
気がついた俺剣です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、今日の稽古。
 
 
 
相変わらず、面打ちの稽古。
非常につまらないけど、これを続けなければ伸びない。
 
 
 
 
今日は、左肘を意識するようにご指導いただいた。
今まで、左肘を伸ばして面打ちをしていなかったのだけど、
不思議なことに、左肘を打つ瞬間に伸ばしてみると・・・
 
 
 
打突が強くなり、
スピードが上がり、
コントロールがよくなった。
 
 
 
実践はしていないけど(互角稽古封印のため)
たぶん出端も強くなるはず。
左肘を伸ばすことによって、左手がより中心を取れるだろうから、
相手の中心線に対して、割って入ることができるはず。
 
 
 
この左肘って、もしかしたら私の中では革命的かも...
あくまで、かも....
ただ、今の段階では、左肘を伸ばす瞬間に、
肩の力まで入っていしまう感がするので
打つまでは両肘の力を抜き、竹刀の握りは卵を握るような感覚で、
打つ瞬間のみ手の内と同時に左肘をパッと伸ばすようにする。
 
 
 
明日は、このあたりを意識してみよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日、素振りを指導したのだけど・・・
「斬る」ことを主眼に指導してみた。
これは最近、私が心がけていること。
当てるのでなく、叩くのではなく、「斬る」。
素振りの時に、自分と同じ身長の仮想的を作り、
鼻のあたりまで切り落とす感じで、素振りする。
竹刀は振りかぶって、振り下げて、左手が眉間のあたりまで来たら・・・
左手小指と薬指を内側に絞り、手の内を利かせる。
(↑コピーライト 鬼教官)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あと、もうひとつ。
常々意識しなきゃいけないことだけど....
自分の心に負けて、できないこと
 
 
 
それは...前にも書いたことだけど...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左手に
 
 
自分の心がある

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と思うこと。
左手を動かしたら負け。
左手動かした時は、「斬る」時。
守ろう、防ごう・・・などなど、もってのほか。
左手を動かす時は、自分の命を捨てる覚悟をする
いわゆる、捨て身の時だ。
不動心は左手だ。
 
 
 
偉そうなことを言いつつ、全然できない。
できないけど、意識をすることは大事。
溜め、攻めの圧倒感....これはまず、左手を意識することから
始まるのではないだろうか。
 
 
 
いつも、自分の心を左手に。
簡単には動かさない。
でも... いつか・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左手薬指には
 
 
心を奪われちゃいたい

 
 
 
 
 
 
 
 
俺剣でした。
 
 
 
 

2006年12月13日

●問題ナッシング

プルルル... お昼時の着信。
着信名を見ると...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼教官
 
※参照
 (MIXIの埼玉県剣道会オフ会で、お世話になった方。)
 
 
 
 
 
 
 
 
頭が仕事モードに切り替わっている時に、
このあだ名(称号?)は、ビビリます。
我ながら、恐ろしい名をつけてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
その時は、マダムに接客中だったので、後でかけなおしてみると・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼教官「俺剣君だいぶ...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
病んでいる
 
 

 
 
  
 
 
 
ようだね。」
 
 
 
 
 
 
俺剣「(あれ?剣道のことか?おねぇさんのことか?ん・・・たぶん剣道のことだ)
 
    なかなか稽古の時間が少ないので、一回一回しっかり悩んで課題を見つけて
    稽古しないと...と思うのです。だいじょうぶですよ!」
 
 
 
 
 
 
鬼教官「文じゃ、わからないものだなぁ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼教官・・・そんなに・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
このブログは
 
 
病んでいますか?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あ、大事なことを忘れていた。
昨日のコメントにも書いていただいたのだけど...
電話でご教授いただいた。
 
 
 
 
「最近の剣道では、礼の形骸化が目立ちます。
礼とは、古語で「禮」であり、即ち自分自身の豊かさを示すものです。」

 
 
 
 
とのこと。
これは実に深い言葉だ。
礼を何故尽くすか?
ただ、もっともらしく、形だけの礼をしても、それは礼ではない。
その形や作法だけに、目が向けられている。
私も自分で調べるまでは、礼なんて深々とお辞儀し、
もっともらしく重々しくやっておけば、OKかと思っていた。
でも大事なのは、その中身だったんですね。
 
 
 
 
 
そんなこんなで、前フリに落ちがまったく無い俺剣です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、今日の稽古。
・・・の前に、1月特別企画「俺的武者修行」の詳細が、決まってきた。
まず基本的に、出稽古なので、基本打ちの形がどうとかとか、
そういうことではなくて、しっかり気を練って、小技も使ってみようと思う。
 
 
 
1月3,4(もしくはどちらか)に、鬼教官の道場。
道場開きの日にお邪魔しちゃっていいのでしょうか・・・orz
スミマセン...スミマセン....
 
 
 
6日にはけんパパさんの道場
 
 
 
11日は、おだわらさんの道場
(防具談義も!)
 
 
 
楽しみだな。
これに、地元の中学の稽古も加われば、バッチリ1月は鍛えられるな。
 
 
 
あ、アレだ・・・
県連の寒稽古も忘れちゃいけない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、今日の稽古。
今日も、左手中心の面打ちオンリー。
地稽古なんだか、打ち込みなんだかわかりません。
 
 
左手を水月に、右手を喉の下辺りに・・・
手を上げないように意識しながら面を打つ。
でも、前から疑問だったのだけど、上から叩き落されるように
面を打たれると絶対に勝てない。
切り落とし状態になってしまって・・・
 
 
 
 
ということで、バンバン打たれる俺剣...orz
 
 
 
だいぶよくなってきたなぁと、自分では思っていたのだけど・・・
まだ、肘が硬く、右に流れてしまっているらしい。
もう、五段なんだから、そのぐらいできなきゃダメだよ
とまで、言われてしまう始末。
あああああぁぁぁぁぁぁ......orz
痛い、痛い・・・
 
 
 
正直、こういう稽古ってものすっごく億劫だけど、
矯正するためには我慢我慢。
基本を伸ばさなければ、実は伸びない。
実が伸びれば、虚が見える、虚を創り出せる。
辛抱、堪忍。
非常につまらない稽古だけど、この辺りをコツコツと続けなければ。
来年の3月中旬ぐらいまでは、武者修行を除いて、
この矯正に時間を当てよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そんなこんなで、熱い剣道ページを見つけたので、
知りたい人は、メールください。
さ・・・さすがにここでは、紹介できないページです。
魅力的すぎて、買っちゃうかもしれないし(謎)
特に、お子さんが剣道やってらっしゃる方は・・・(遠い目)
 
 
 

2006年12月11日

●変化、進化、退化

世界剣道選手権大会、USAに敗退したことよりも・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
全剣連公式ページに「内容を放映する」と告知されていた
NHKサンデースポーツで...
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一分少々しか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
放送されなかったことに、違う意味の敗北感を感じている
俺剣です。
 
 
 

ソフトバンク松中の打撃不振を解消した特集は、
そんなに長くなくていいからッ!

 
 
 
 
 
 
 
たぶん、ちょっとでも別番のラストサムライに気をとられたら、
見逃していたでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
冗談はさておき...
今回の日本の敗北で、世界の剣道意識が、
大きく変わってしまうのではないか...
と危機感を感じる。
より勝利至上主義に走り、剣道の美しさ、精神的修行の崩壊を招く、
歴史的な日になってしまう感じがしなくもない。
30年後の世界剣道は、活人剣の精神、礼の精神もない、
スポーツチャンバラになってしまうのか...
 
 
 
勝利至上で、勝てば何でもやっていいかといえば、
そういうわけではない。
お互いの修行の成果をぶつけ合う勝負は、常に紙一重。
だからこそ、敗者へのいたわりを忘れない。
紙一枚の差で、自分が敗者だったかもしれないのだ。
そして、敗者の中にある美学を尊く心に留め、
敗者の上に自分の勝利があることを忘れてはならない。
そんな礼の精神が忘れ去られてしまうのか...
優勝の万歳がそれを物語っている。
 

 

2006年12月08日

●竹刀を意識して

歯医者に行ってきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
医者「痛かったら、左手を上げてくださいね?」
 
 
 
 
 
 
 
俺剣「はい!わかりました!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ウィィィィィィィィィーーーーン (例の音)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺剣「ふぐぐぐぐぐぐ... くぁwせdrftgyhyふじこ...」
 
 
左手挙手!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
挙手ッ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
医者「はい。もうすこしがんばりましょうねー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺剣「.....」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左手挙手!
 
 
 
 
 
 
 
 
挙手ッッ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
医者「はい。もうすこしがんばりましょうねー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
止める気が無いなら、もったいぶらせないでよッ!
あまりの理不尽さに、かなりかわいかった歯科助手さんが、
隣の席の子供に
 
 
 
 
「がんばりまちょーね!もうちょっとだよぅ♪」
 
 
 
 
って、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
赤ちゃんプレイを
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私にも強要させそうになってしまった、俺剣です。
修行が足りません。
 
 
 
 
 
ひょっとして、アレはオプション料金?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、色々あったけど、めげずに今日の稽古。
 
 
 
今日は、先生が少なかったので、俺剣補欠元立ちに。
そんなこんなで、あまり上手に懸かる稽古ができず。
自分の中で、どうもやりきった感の少ない稽古だった。
 
 
 
幸いにも売れなかったため仕事が速く終わったので、
ひとり着替えて、素振りと足捌きの練習をしていたから、
よかった・・・。
 
 
 
最近、地稽古では相手の竹刀を意識した稽古をしている。
五段を取るまでは、ただその場から面を打っていたけど、
表の上から相手の竹刀を押さえる、裏から抑える、払う、
下を攻める・・・などなど。
攻めの幅が変わってきたように思う。
 
 
 
ただ打つのではなく、どうしてそこで打つのか
説明できなければいけないのが、これからの剣道だと思う。
それには、勝って打つ剣道を目指さなければならない。
それには、相手の竹刀と自分と相手の剣先を意識しなければ。
 
 
 
 
面は、まだ右手の力が抜けない模様。
あああぁぁぁぁ....orz
もう、一年も同じことで悩んでいるよ。
今日の最後に、また無理やり若い人と面打ちの稽古をしたのだけど、
ふっ と気がついた。
今まで、「早く届かせよう、届かせなきゃ」
の意識が強すぎたんだと思う。
だから、右手が前に出すぎた。
でも、自分の間合いはわかっているわけだから、
そこからなんというか・・・
決められた型のごとく打てば、いいんだ。
間違いなく、ちゃんと打てる。
 
 
 
当てよう、当てよう...は、もう卒業しなければ。
そう思ってはいても、どうしても虚栄心が邪魔してしまう今日この頃。
相手との戦いじゃない。自分のとの戦いなのだ。
そんな邪念に打ち克って、如何に基本通りできるか。
辛いことだけど、自分の剣道を伸ばすには、これしかない。
 
 
 
さて、次は水曜日まで稽古はできないけど、
イメトレだけはしっかりやっておこう。
時間が無くても、イメージは作れる。