●怖さを感じること
さて、今日は前フリ無しで稽古のことを。
ついに俺的剣道会は、正統派になるのか!?
大きく面を打つタイミングがちょっとだけ、わかりかけてきた。
今まで触刀の間から交刃の間にじわじわ入りながら、
一足一刀の間合いに入った瞬間に打っていた。
でも、そのタイミングだと、数分稽古をすれば....
相手に読まれてしまう。
なので、一足一刀の間合いに入った後で、打ちたい気持ちを我慢し、
もうちょっとこらえて、相手を動かす努力をしてから打つ。
気持ちこらえている時に、右足を1センチずつぐらいツツっと前に出しながら、
打ち気を誘う...
そうすると、前みたいに簡単にバシバシ打たれなくなったけど、
間合いが近くなってしまい、合面でどっちが勝つわけでもなく、
ガチャガチャと竹刀がぶつかるようになってしまった。
たぶんだけど、お相手戴いている先生の間合いに侵されているから、
私にとっては近間になってしまっているのだろう。
間合いを盗まれているということ。
つまり、攻め負けているのだ・・・orz
はたして・・・
この気持ちが溜めなのか?
それとも待ちになってしまっているのか?
最近、「常に攻めの気持ちを忘れずに・・・」
と、ご指導いただいているので、たぶん待ちになってしまっているのかも。
ただ、やみくもに打つだけじゃダメ。
考えすぎて大事にしすぎてもダメ。
難しくなってきた。
すごく久しぶり...約一年ぶりに稽古を頂戴できる先生がいらっしゃったので、
一本勝負をお願いする。
(最後の最後で時間がなかったのもあるけど)
稽古の最後で、攻めに負けて手元をあげて、面を頂戴してしまった。
(あがけば回避できたのだけど、最近は手元を上げた時点で、
何も出来なければ、潔く打たれることにしている。
手元を上げさせられた時点で、もう勝負はついている。)
これに限らず、試合稽古中はいつも、
打たれることが怖い感が出てしまっている気がしてなら無い。
だから、攻めの足捌きではなく、守るための足裁きになってしまっている。
・・・・気がする。
ただ、打たれる恐怖心を持つことは悪いことじゃなくて、
本当の意味で捨て身になるための第一歩なのだ。
打たれること、斬られること、その先には自分の命が無いこと・・・
そのあたりを重々承知して、機会では捨て身にならなければならない。
この怖さを知らなければ、打つべき機会は絶対にみえない。
見えないと・・・思う。
でも、怖さに負けて、打ってしまうことはいけない。
いくら一本取れたとしても、怖さに負けて我慢できなくなって、
機会でもないのに打っちゃダメだ。
そう考えてみると、捨て身の打突のその先には、
自分の死生観までもが関係あるのかも?しれない?
本年度最後の地区の月例稽古会。
なんだか、いつも以上に考えることがあった。


コメント
悟っちゃうと弄り甲斐がなくなるなあ・・・・・
Posted by: キーチ | 2006年12月17日 15:09
お相手を攻めてから反応を見る。その反応に対応した打ちをする。
その一瞬が『溜め』なのです。
・・・と、これはHide.さんの言葉。うろ覚えなので全然違うかもしれません。
もしかしたらこんなこと仰ったことがないかも!?笑
打ち気を堪えるって難しいですよね。。。
俺も我慢や溜めができないので打ちや攻めが単調になってしまいます(ノ_・。)
Posted by: 幸一 | 2006年12月18日 00:47
私は、まったく違う考えです。
攻めて、相手の反応を見るのではなく。
自分自身の攻めにより
相手を崩して打たねばと思います。
勝って打て は、そのような意味合いだと思います。
攻めて、反応を観るのは
俗に「色をつかう」 「色気」 という考え方だと思います。
あくまでも、私感ですからね。
Posted by: 鬼教官 | 2006年12月18日 22:34
キーチ師匠>>
先日、もう一歩先まで気がつきました!
次のブログで書いてみたいと思います!
幸一さん>>
溜めと待ちは紙一重・・・
とはよくいったものです。
ついつい、待ちになってしまうときがあるので、
本当に修行だ足りません・・・orz
かといって、打ち気に走りすぎると、ダメダメです・・・
声かけすぎても尻軽男、
待ちすぎていては奥手、
同じぐらい難しいですね・・・。
鬼教官>>
最近のコメント、誠にありがとうございます!
大変勉強になっています!
攻めて相手が崩れてくれたら、迷わず先々で打ちますが、
相手を引き出せた場合は、先の先を狙った
稽古を意識しています!
色・・・色気・・・難しいです。
よくわからないことなので、勉強してみます!
Posted by: 俺剣 | 2006年12月21日 12:21