●虎の目を
昨日は、鬼ティーチャー・・・
いや、鬼教官が稽古にいらっしゃいました。
1ヵ月後の試合に備え、鬼教官と稽古をしたかったのだけど、
仕事が多忙なため、僕からは行くことができなかった。
そんな中だったから、もう、大歓迎ですよ。
何かを目指すうえで、この人と稽古しないで誰とやる
雨に感謝です。(雨だから、来れたらしい)
さて、そして稽古の内容。
まぁ・・・いつも通りに、ボコボコにやられてしまったわけですが、
打たれ方が非常に良くなかった。
これは、今までの僕の中に無い観点。
技術的なレベルはモチロン違う。圧倒的に違う。
伊達に10年先にいっちゃいない。
だから、打たれて当然。
でも、その打たれ方が悪い
では、何が悪かったか・・・
それは、圧倒的に気持ちの面で負けていたこと。
気持ちの面で負けていた事を、もう少し突っ込んで書いてみると。
打つ強い意思、終始ビリビリと感じさせる打ち殺してやるぐらいの気迫。※1
言葉で表現することはものすごく難しいけど、
無理やりに当てはめて表してみると、そんな感じのことなのだ。
その気持ちの部分で、圧倒的に押されて、
下がったところや手元が上がったところ・・・
などなど打たれたから、打たれ方に納得がいかないのだ。
それが実力の差と言えば、それはそうなのだけど・・・
どうせなら、弱気にならずに、自分なりに気持ちを充実させた状態で、
(※1 の内容)
打って打って、そこを応じられる、先に乗られる方が、
同じ打たれるでも、打たれ方に納得がいく。
先回の日記でも、少しだけ書いたことだけど、
手をどうする、足をどうする、竹刀をどう使うとか、※2
形骸的な部分ではなくて
立会いを見ていると、明らかに気というかなんというか、
「気持ちの面でのまれている」
「気が入ってない」
なんていう、謎の部分が見えるのだ。
そして、大体その気持ちが負けているほうが、打たれているのだ。
それはもう、早さとか方法とか、そういう次元の問題じゃないのだ。
なんだかは良くわからないけど・・・
恐らくだけど、僕が手元を何度もあげて、何度もそこを打たれたけど、
それも相手の気持ちが大きくて強くて、僕はそれが怖くて、
上げざるおえなかったんだ。
そう考えてみるとだけど、左手に魂があることが、
ちょっと自分の中で納得できる。
そして、まだうまくは説明できないけど・・・
感覚的に左手だけではなく、下っ腹が大事なのもわかる気がする。
ここがなんというか、剣道で言う心臓みたいなものなような
感じがする。
ん?そう考えてみると・・・
それが「攻め」の第一歩なんじゃないか。
形でああする、こうする(※2)も、それは大事だけど、
それ以上に相手に手元を上げさせる、打たせる、
恐さ・・・四戒に陥れる術は、こういう部分のことなのかもしれない。
僕がその気持ちの面で、そりゃどんなベストコンディションになっても、
題名の通りロッキー3じゃないけど、五段審査の時のように
虎の目を取り戻しても・・・・打つことは難しいだろう。
でも、その面を伸ばし、せめて気の部分をベストコンディションに持っていくには、
方法はひとつ。
修行・・・稽古しかない。
それもただ稽古するのではなく、そのなんというか、
気持ちの面を鍛える修行。
少ない時間しかできないのであれば、少ない時間なりに、
自分を追い込める稽古。
今の僕なりの答えが、懸かり稽古、打ち込み
あ、切り返しもいいかも。呼吸の場所を意識すれば。
そんなことで、今の僕は、週に2,3回と数は稽古しているけど、
稽古不足
なのだ。
以前、とある先生が酔ってポロリと仰られたこと。
「俺剣君は、面打ちの迫力が足りない。
それを鍛えるのは、面付け力(面をつける回数)だ。」
とのご指導の本当の意味が、今になって理解できるようになってきた。
しかし、アレだ・・・
剣道のこの部分を意識できるようになると、さらに剣道が楽しくなりますね。
もしかしたら、ここからが「剣道」なのかもしれない気がする。
そんなことで、最後に・・・
僕が、「最近こんなことを感じるのですよ」と、
先日の日記の内容を相談して、それを深夜1時まで惜しげもなく
ファミレスでお話いただいた鬼教官に感謝です。
この場を借りて、ありがとうございます。
おかげさまで、うっすらぼんやりだったものが、はっきりとしました。
心気力一致の第一歩だということが・・・
もし、これがお話できれば僕は、
必死にこれを闇の部分に隠してしまっていたでしょう。
その理由は、あえて書きませんが・・・
さて、明日の稽古が楽しみだなぁ。
今まで悩んでいたけど、やるべきことが見えてきた。
あとは、自分との戦い。
最後の最後に、超余談ですが・・・
鬼教官の携帯、ガンダムモデルしかも赤が、すごくうらやましかったです。

